ブライトノア・クロニクル(上)

254 名前:ブライト1/5 投稿日:03/12/26 16:08 ID:???
1 『   ブライトノア・クロニクル(上)  』  ブライト・ノア


第一章  MSピープル

1 デッキ
ガンダムが作り始められたのは僕が地球に第13独立艦艇部隊として地球に降下する最中のことだったと思う。
正確に言うと105年の4月25日のことである。

ガンダムを作り始めたのは僕が便宜的にMSピープル(モビルスーツピープル)と呼んでいる小さな人間たちだった。
どれくらい小さいかというと、一番背の高い男で僕の腰くらいの高さしかなく、まるで、精巧な人間のミニチュアのようであった。
彼らは僕が乗っていた旗艦ムーンクライシスのドッグの隅の一角を占拠して、黙々とガンダムをつくっていた。
誰にもそれを事前にことわることなく、だ。そう、彼らは許可を求めることはしない。ただ作り始めるのだ。
まるで夜中にこっそりきて朝には巣をしあげているクモのようにひっそりと淡々と彼らは突然に作業を始めるのだ。
そんな彼らをドッグにいるクルーは誰もそれをとがめることは無い。どうしてなのかは、僕にはわからない。
あるいは、これは普通考えられないことだが、彼らにはアナハイムがみえていないのかもしれない。
視野に入っていないのだ。
そうでも考えないと、いつも厳しくあたりを監視している鬼のようなチーフクルーが何もいわないわけはないからだ。
僕は最初そのような仮説を立てて自分を納得させていた。彼らは僕にしかみえないのだ、と。
だが、その仮説はドックで作業中のクルーの一人が彼らにぶつかったことで崩壊してしまった。クルーは彼に謝ることなくそのままいってしまった。
彼らはそこに存在しているのだ。そしてクルーはそれを当然のように思っている。まるで電柱かなにか、記号のように扱っているのだ。
僕はその光景に混乱することになったが、考えても仕方がないので、それ以上仮説をつくることはあきらめた。

とにかく、好むと好まざるとに関わらず、彼らは存在して、ガンダムを作りつづけているのだ。それでいいじゃないか、と僕は思った。
そして、僕は地球に降下したとしてもまだすることはとくになかったので、暇があると彼らの様子をみにいっていた。



彼ら、MSピープルは常に三人で行動していた。顔は全員全く同じだ。ただ、額に番号のようなあざが掘られているので区別できた。。
丸く光沢のある材質の合金を一番が器用に小さく分断し、二番がそれを査定し接着剤をくっつけ、三番が組み立てていった。
まるで子供がつくるプラモデルのような単純な工程で彼らは作っていた。ただ彼らの顔は真剣そのもので、ぴくりとも笑うことは無かった。
私語も何も無い。金属がこすれあう音や、切断するときに出る音だけが彼らが奏でる音の全てだった。
僕は、ビールをのみながら、その作業をキャビンから観察していた。別にビールを飲みたいわけじゃなかったが、
どうせ地球に着くにはあと二日はかかるので、僕はビールを飲むくらいしかすることがなかったのだ。
MSピープルは現在、足の部分を組み立てている。動作は正確で迷いがなかった。


「艦長、お電話です」
そのとき、クルーの一人が僕に声をかけた。時計をみる、いつもの時間だ。
その場を離れ、通路脇にある電話を受け取った。
「もしもし」
「ブライト?あたし。どう?そっちの様子は」
やはりミライだった。


255 名前:ブライト 2/5 投稿日:03/12/26 16:15 ID:???
彼女が電話を毎日同じ時間にするようになったのはシャアの反乱以後のことだ。
彼女はあれ以来やけに神経質になった。ひどく心配性になった。これは、アムロの死が影響しているのかもしれない。
不安なのだと思う。色々な意味で。彼女は年をとったのかもしれない。年をとるということと保守的になるということは切り離せないのだ。
僕は彼女と話す。

「あぁ、明後日には地球に降下する予定だよ。色々準備があってね。テロ対策の機体が必要らしくて。ん、ハサウェイ?
あぁ、わかってるよ。それじゃあ、明日にでも連絡をとってみるよ。必ず。一応、メールは既に送っておいたけどね。
ところで、そっちは変わったことはない?
そう。それならいいけど。あ、それとレストランの設計図が届いたら、こっちに伝送してもらえるかな。確認しておきたいんだ。
うん、それじゃあ、また明日。この時間に連絡もらえるかな。チェーミンによろしく」
僕は受話器をおき、取り次いだクルーに礼をいうと、またビールを飲んだ。宇宙で飲むビールもロンデニオンで飲むビールも味はかわらない。
ただ、胃の中に入っていくスピードが違う。それに、やはりパックにはいったビールは味気ない。
パックをダストシュートに投げ込みながら、ハサウェイに連絡をとらなくちゃな、と僕は思った。

そのころMSピープルは、両足を完成させようとしていた。僕はまたそれを眺める。
彼らは熱心で、それ以外のことには興味がないように思える。MSを作ることが彼らが存在しているテーマであり、レーゾンデートルである。
まるで哲学的とでもいうべきその作業を僕はただ感嘆してみていた。
もっともどんなものにも哲学は存在する。靴下にさえ、明確な哲学というものがあるのだ。



少し話を戻そう。
僕が地球に降下することになったのはここ数年、活動が活発化しているマフティーと名乗るテロリスト集団の撲滅のためだった。
彼らは103年には地球連邦の監視人工衛星を破壊するなどし、さらにここ最近は政府要人を無差別テロにより暗殺していた。
その無差別テロというやり方にも関わらず彼らが大衆の支持を強く得ているのは、やはり連邦への不満というのはかなりのものなの
だろうと僕は思う。かといって首謀者とされるマフティー・ナビーユ・エリンという人物がシャアやアムロだと決め付けてしまう大衆に
僕がうんざりしていたのも事実だった。やれやれ、どうして、いつまでも彼らを自由にしてあげないんだ?
自分たちのことを彼らがいつもしてくれるのだとでも思っているのだろうか?僕は、それがとても憂鬱に思えた。
大衆はヒーローの登場を待つだけだ。彼ら自身がしなければならないという意識は無い。
それがいいかわるいかはともかくとして、僕はシャア、アムロという言葉が出るたびにうんざりしていた。

今年の二月ごろの話だけど。カイがロンデニオンにいた僕を訪ねてきて、同じことを聞いてきたことがあった。
そのとき、僕はカイでさえ、そんなことを考えているという事実にやや愕然としたものだった。
僕が否定すると、カイはやっぱりね、という顔をして、「これも仕事なんだ」と、肩をすくめていった。
そして、同時に、僕に対する監視も強くなっていることを彼は教えてくれた。電話は盗聴されていたし、外出のさいに監視がついていた。
もしもマフティーアムロならば僕に連絡がいくかもしれないと考えているからだろう。結局のところ、僕は信用されてないのだ。
「艦長、連邦という組織は心底腐りきっている。端から見るとその悪臭はよくわかる」
カイが僕にそういった。僕もそう思う。


256 名前:ブライト 3/5 投稿日:03/12/26 16:23 ID:???
2  モビルスーツ


翌日、僕はミライの電話を待つ間、なんとなく彼らの間近に近寄ってみることにした。どうしてそう思ったのかはよくわからない。
ただあれだけ熱心につくっているのをもっとまじまじとみてみたいと思ったからかもしれない。
僕はキャビンをエレベーターを使って降りて、ドックにいくと、彼らの後ろにそっと立ち、ガンダムを眺めた。
ガンダムは既に90パーセント程度完成しているようだった。彼らは夜も寝ることがなく、ひたすら作り続けていたのだ。
ただ、ひとつ問題があるとすればそれがガンダムには全くみえないという点だった。その大きな原因としてあまりにゴテゴテしている点があげられた。
ガンダムのデザインは基本的にMK−?のようにシンプルであるべきだと僕は思うからだ。
それにコクピットの部分が小さすぎた。彼らなら入れるかもしれないが、普通のパイロットはそこに入ることはできないだろう。
ただそんなことは関係ないように、彼らはおそらくどこのクルーよりも熱心に作っていた。
スパナを使いボルトを締め、隙間に接着剤を流し込み、表面にヤスリをかけて光沢を出していた。
みたこともない道具を使い、計数をはかり、それの結果を小さなメモ帳に熱心に書いていた。字は僕の理解できる文字ではなかった。
僕が後ろからそれをのぞきこんでいると、額に三と彫ったアナハイムがきて話し掛けてきた。僕は彼らがしゃべるのを初めて聞いた。

「もうすぐガンダムができるよ」


その声はまるで抑揚がなかった。平坦でふくらみが無い。まるでスプーンの裏を舐めた味のような声色だった。
「とてもガンダムにはみえないな」と、僕は言った。「こんな変なガンダムみたことがない」
声をだしてみると僕の声もまるでヘルメットのバイザー越しのように遠く聞こえた。
アナハイムの彼は首をかるく傾げて、
「きっと色をまだ塗ってないからだよ。明日には、これに塗装をするからきっとガンダムにみえる」と、言った。
「色の問題じゃない。形状が問題なんだ」
このモビルスーツにはガンダムである要素がほとんどかけている。
街中でこれの写真をとり、ガンダムにみえるかどうかアンケートをとってみても誰もいわないだろう。
少なくともこんなごたごたと余分なものが飾り付けられているモビルスーツガンダムとは僕は思えなかった。
首が二つあるようなこんな機体は第一、モビルアーマーというべきものにみえた。


「これがガンダムでないとすると、いったいなんなんだい?」とMSピープルはいった。
「なんだろう」と僕は言った。これはガンダムじゃないとすると一体なんなんだ?僕には何も思いつかなかった。
ガンダムじゃないとするとこれは一体なんなのだ?そもそもガンダムとはなんなんだろう。

反骨精神の具現?まさか。


257 名前:ブライト 4/5 投稿日:03/12/26 16:26 ID:???
「ね、ガンダムでしょう?」と、やさしい声で彼は言った。僕はやむなくうなずいた。
別にどうだっていいことだ。これが、ガンダムだろうとゲルググだろうと、いったいそれがなんだっていうんだ?
どちらだってかまいやしない。好きなようにつくればいい。それにしてもミライはまだ電話をくれない。
僕は、視界のすみに電話をとどめておきながら、彼らの作業を観察した。

MSピープル達は僕のことなど眼中にないようで、決められた作業を続けていた。
彼らの頭の中には既に完成図が浮かんでいるようで、相談もなにもすることなくそれぞれが定められた仕事をてきぱきとこなしていた。
金槌を振り下ろし金属のプレートを延ばす、乾いた高い音が断続的に響いた。
そのおとを聞きながら、僕はまた時計に目を落とした。もう約束の時間はとっくに過ぎている。

「ミライはもう貴方に電話をかけてこないよ」と突然、もう一人のMSピープルが言った。
僕はそれが最初理解できなかった。その言葉が自分にかけられたものだと理解するのにしばらく時間がかかった。
耳がおかしくなったのかと思った。だが、彼はもう金槌を床において、こちらを空洞のような目で見ていた。
「ミライはもう君に電話をしない。もう彼女にあうことも二度とない」
三と彫られたアナハイムも僕にそういった。僕は彼を振り返る。
「どうしてだ?」
それはまるでオブラートに何十にも包まれたように、遠く、薄く掠れて聞こえた。
「どうして、ってもう駄目だからだよ」
彼はそこで一旦言葉を切った。


「君が電話しなかったからもう駄目なんだ」



電話しなかったからもう駄目なんだ。僕はその言葉を口のなかで反復してみた。
全く理解できない。電話?誰にだ?ハサウェイにか?僕がハサウェイに電話しなかったからミライが僕にもう会うことはない・・?
そういうことなのだろうか。その相関関係が僕にはさっぱり理解できなかった。展開が飛躍しすぎている。
だけど、彼の口調からしてそれがなんの脈絡もない嘘だとは思えなかった。そういえば確かに僕はハサウェイに電話をするのを忘れていたのだ。
僕は彼が言葉を補足してくれることを期待したが、彼はもうこちらに興味をなくしたように、作業に戻っていた。
僕はアナハイムのそばを通り抜けて、壁に設置されてある電話を取ると、内線を呼び出した。
でてきたクルーにハサウェイのいる植物監査官の自宅の電話番号を調べてもらい、礼をいってから受話器を置く。
そして、今度はそのアドレスに電話をする。が、呼び出し音が続くだけで誰も電話に出なかった


258 名前:ブライト 5/5 投稿日:03/12/26 16:29 ID:???

3   ミライ・ノア


20回呼び出しがなった後で、僕はあきらめて受話器を置いた。ハサウェイは自宅にいないようだった。
ビールが無性に飲みたかったが、あいにく僕はもっていなかった。だから、代わりに僕はポケットにあったガムを口に入れた。
少し考えた後に、受話器を再び持ち上げて、今度はミライにかけてみた。ロンデニオンにある僕の自宅だ。
だけど、それはハサウェイの時とおなじく呼び出し音がずっとうつろに響くだけだった。プルルルルプルルルル。虚しく響くだけだ。
僕は自分の家に、電話が鳴り響いている光景を想像して、どこかやるせなくなった。
誰も僕の呼びかけを必要としていない気がしたからだ。僕は、どこか宇宙のそこから一人で虚しく呼びかけているようだった。
そして僕の呼びかけは、誰にも届かないからだ。
おなじく二十回ほど鳴らしたあとで、諦めて受話器を置いた。

僕はため息をつくと、ガンダムを振りかえった。

ガンダムはほぼ完成していた。
だが、この全長4メートル足らずの極端に小さなガンダムにはいくつもの矛盾が内在していた。
もしあのガンダムがーーガンダムだと仮定すればだがーー起動するのならばエンジンはなんなんだ?
推進力はなんだ?ランドセルを背負うのか?それにコードらしきものは何もないじゃないか。武装はなんなんだ?
戦闘に使えるようにはまったく思えないし、接着剤でくっつけた装甲はすぐに剥がれそうな気がした。

僕は時計をみた。そろそろブリッジに戻り地球降下の準備をしなければならない。
ミライはきっと、なにか用事があって電話をかけられないだけなのだ。ロンデニオンは今、昼間なのだろうか?よくわからなかった。
そしてミライの用事というのも何も思い浮かばなかった。彼女が僕との会話を棄ててまで一体何を優先するというのだ?
彼らはミライがもう僕に二度と会わないといった。僕はそのことについてかんがえることにした。
確かに僕らは問題がまったくない夫婦ではなかった。ひとなみの問題くらいは当然抱えていた。
僕らは長い間地球と宇宙に別れて住んでいたし、その間に些細な問題が起きたこともあった。子供の教育のこともあった。
オーケー、認めよう。僕らは確かに問題のある夫婦だった。だがそれがなんだというんだ?
この年まで長年いたら問題のひとつや二つないほうがおかしいのではないか?
だが、そういった問題も僕らはなんとか乗り越えていままでやってきたのだし、いまさら、電話一本の問題で僕らが
終わりになるとはどうも思えなかった。物事はしかるべきの時の経過を経て、しかるべき場所に収まるはずだったのだ。
僕は無意識のうちに、爪を噛んだ。
ハサウェイ?それが何かの重要なポイントなのか?わからなかった。

MSピープルの作業を僕は見つづけた。
彼らの自信に満ち溢れた、確信を持った作業をみていると、彼らは自分が100パーセント正しいと考えていることがわかった。
そして、時折こちらをみては、その空洞のような目で僕を覗き込んだ。そこには、同情のようなものが混じっているような気がした。


そうかもしれないな、とその目で見られているうちに僕は考えはじめた。ミライは本当に戻ってこないかもしれない。
僕がハサウェイに電話しなかったせいで。ロンデニオンにある僕の家にはおそらく彼女とチェーミンはいないのだ。
彼女たちは恐らくもう僕が二度と届かない場所にまでいってしまったのかもしれない。今ごろ、木星への連絡船の中かもしれない。
月への定期便の中かもしれない。たいした違いは無い。どちらにしろロンデニオンの彼女達はいないのだ。
僕らは本当は取り返しのつかない地点までいっていたのかもしれない。何もわかっていなかったのは、僕なのだ。
おそらく電話とはその理由の一つなのだ。

259 名前:ブライト 6/5 投稿日:03/12/26 16:39 ID:???

彼らは正しいのだ。そう思って彼らが作っているモビルスーツをみると、これは紛れもないガンダムのような気がし始めた。
今まで僕が知っているのとは別の、別の次元のガンダム。新しいガンダム
もう僕が慣れ親しんでいたガンダムというのは、遠い昔のものなのかもしれない。僕だけが置いて行かれているのだ。
アムロにも、ミライにも、ガンダムにさえも。


「仕方ないよ。君がハサウェイに連絡をとらなかったせいなんだから」と、MSピープルは慰めるようにいった。
僕は時計をみた。そろそろブリッジに戻って地球降下の指示をしなければ行けない時間だった。僕はため息をつく。
肺の中の空気を全て搾り出してしまうと、なんとなく気が楽になった。とにかく今できることは、なにもないのだ。

「そろそろいったほうがいいよ」と。MSピープルがいった。「ここにいてもどうにもならない」
実に現実的な言葉だった。確かにその通りである。僕は動かなければならない。好むと好まざると関わらず。
「最後にひとつだけいいかな?」と、僕はいった。
「なに?」
「このガンダム、名前はなんていうのかな?」
僕が尋ねると、彼は自分の額を黙って指差した。 そこには≡とかかれた文字がある。
「さん?サンガンダム?」と、 僕は尋ねた。だが、彼はそれに首をゆっくりと振った。
「・・イー」
「え?」
僕は聞き返す。


「クスイーだよ。クスイーガンダムっていうんだ」
「ありがとう」
僕は礼をいって、その場を離れた。そして、それきり二度とMSピープルをみることはなかった。


だけど、地球に降りた僕はこの機体をもう一度みることになる。別の場所で、別の理由で。
(中編へ続く)


アオリ  「  地球に降下した彼に待ち受けていたのはケネス准将であった。そこで彼がみた世界は何か?ミライはどこへ?
           謎を残したまま、過酷な現実はブライトの運命をもてあそぶ。緊迫の中編は第九号に続く!君はこの現実に耐えられるか?」

315 名前:ブライトおまけ 投稿日:04/01/14 03:30 ID:???
  『  ブライトノア・クロノクル(中) 』
1章  ポストウォー アデレート

アデレート空港の被害は僕が想像したよりもずっとひどかった。
いたるところにミサイルの爆撃の跡と推測される巨大なクレーターができていたし、更にモビルスーツの核爆発跡らしき空洞が地面に
ぼっかりと深淵の穴を穿っていた。空港のビルは粉々に砕け瓦礫の山と化していて、もはやその機能を果たすことは不可能のように思われた。
森らしき所はもはや赤茶色の土壌を隠すことはしていなかったし、また、もはや隠す必要も無かった。
その中で、比較的被害の少なかった南部一帯に僕はいた。
空港の南はじの所には、マフティー・ナビーユ・エリンの機体である≡ガンダムが鎮座されていたからだ。
その機体は、ラーカイラムのなかでみたMSピープルが作っていたガンダム其れ自体にみえた。もっともサイズが極端に違うことを除けば、だ。
カニックの話ではどこで製造されたのかはわからない、ということだったが、僕からみればアナハイム・エレクトロニクス社の製品だとは
容易に推測できた。勿論、連邦の上層部でもそのことはわかっている筈だ。だが、それをいわないのがまた、大人の世界というものなのだ。
少なくともMSピープルが作ったものではない。その事実が僕を安心させた。
僕は手を伸ばして装甲に触れる。全体的にうっすらと焼け爛れているのは、新しく開発されたビームシールドによるものだと聞いた。
新しい技術がどんどんと出てくるのは、歓迎すべきことなのかもしれない。だが、結局のところ、それは人を殺すためのものにしか過ぎないのだ。

僕はコクピットに入る。
最新型リニア式の3重装甲で覆われたコクピットの中は、実現ディスプレーの面にヒビがはいっているのを除けば、すぐに使えそうだった。
シートに座り正面をむくと、開かれたハッチからガンダムが墜落したときの衝撃波で、なぎ倒されたままの森林がみえる。ひどい有様だ。
僕はそのままの態勢で目を瞑る。ここにいたパイロットがどんなことを思って乗っていたのかを考える。

”全ての人々が宇宙に出なければ、地球は本当に浄化されることはありません。現在、宇宙は人類にとって平等な空間なのです。
問題は、新しい差別を発生させて、連邦に従うもののみが、正義であるという一方的なインテリジェンスなのです”

こちらに到着したときに読ませてもらったマフティーの発言をまとめた書類に書いてあった内容の一部だ。
彼の思想はシャア・アズナブルの影響を多分にうけている。彼の反乱の失敗をうけて更に急進的に尖らせたようなものだ。
マフティー・ナビーユ・エリン。真実、正当な、預言者の王。そのネーミングは自惚れというより、極めて自嘲的なように思える。
僕は彼のなかにシャア・アズナブルの幻影をみることができる。マフティーニュータイプなのだろうか?
仮にそうだとすると、ニュータイプという名の新人類はやはり、大衆主義に敗北する運命なのかもしれない。

僕はシートに座る。座席は、とても硬質で、お世辞にもやすらぐことなどできそうにない。
そのことは僕にとって意外なことに思える。これでは高揚したパイロットの精神を落ち着かせることなどできないのではないだろうか?
居心地の悪いものを感じて、僕は一旦コクピットのなかで立ち上がり、もう一度深く座りなおす。
だが、シートは相変わらず硬く、生理的にもあまり好ましいとは思えなかった。不愉快といっていい。
僕はモビルスーツコクピットに乗るという機会はほぼないといっていいが、それでもこの硬さはあまりに旧時代的だと思わざるを得なかった。
これは初期、つまりアムロがRX78に乗っていた時のシートのようで、近代工学の粋を集めたと思われる≡ガンダムが、シーツの部分だけに
手抜かりをしていると考えるのはどうも納得がいかなかった。わざわざ、このようなタイプのシートを選んだとしか考えられない。
なぜだろう?
僕は、暫くこのことについて考えたが、思いついた答えはこういうものだった。
つまり、どんな崇高な理想を唱えているといえども、無差別殺人的なテロリズムをしている自分が、軟らかいシートに座って、
ぬくぬくと人殺しをすることをマフティーは好まなかった。自分を律するために、あえてこのシートに乗っていたというのはどうだろう?
こう考えることで、少しだけマフティー・ナビーユ・エリンというテロリストのことが理解できる気がした。
彼はピュアなのだ。たとえ、それが極めて陳腐な感傷的行為にすぎなくても、そういった感情を捨てきらない男というのが僕は好きだった。

316 名前:ブライトおまけ 投稿日:04/01/14 03:43 ID:???

「艦長、そろそろ戻りませんと・・・早朝には、マフティーの処刑もありますし」
副艦長のシーゲンが、コクピットを覗きこむようにして、そういったので、僕は立ち上がった。
少し眩暈がした。

ガンダムから降りて、車に乗るときに、僕はもう一度振りかえり、壊れたガンダムの姿を網膜にやきつける。
僕はこれまでガンダムという機体に乗ったことは無いが、それにもかかわらずガンダムという機体にもっとも関係を持った男だとおもう。
そういう意味では僕は、除隊の前にこうして壊れたガンダムをみるのはキリがいいといえるような気もした。
僕はガンダムというフォークロワ(民間伝承)の始まりと終わりを見届けたのだ。おそらく。
ガンダムという一つのフォークロワはこれで終わることになる。そして、おそらくニュータイプという名のフォークロワも同時に終わる。
「それにしても、不穏分子がガンダムという名称の機体に乗るなんて許せないでしょう?」と、ハンドルを握ったシーゲンがいった。
「そうでもない。おおかれすくなかれ、ガンダムパイロットには反骨の精神があったのさ」
と、助手席の僕は応える。「・・・たとえ、機体がなくなったあともね。それに、ガンダムの最後はいつもあんな感じさ」
「そうなんですか?」 
「そうさ。ばらばらになったり、首がなかったり、機体が焼かれたり・・・総体的に不幸なんだよ」
答えながら僕は振り向く。アデレートの絵に描いたように鮮やかな夕焼けが、ガンダムを赤く染め上げ、ゆっくりと飲み込もうとしていた。


2章  処刑 と 少女


軍用ワゴンから降りた僕が最初に目にしたのは処刑が行われるにしては豪華すぎる屋敷ではなく、
屋敷の前でこちらをみている、その少女ーーといっても17,8くらいだろうがーーだった。

少女の顔は美しかった。色が白く、長い金髪がよく似合っていた。きっと、僕がもう20歳わかければ恋をしていたに違いない。
こちらをじっと見つめるその瞳はくるっと見開かれている。薄紅色した唇が小刻みに震えているのがわかった。
寒いからではなく、その震えは精神的な面のようにおもえた。彼女は僕をみて、ひどく動揺しているように思える。
僕は少し彼女の態度と容姿に興味を持ったが、護衛していた兵士がこちらにきて大仰に敬礼したので、そちらに目をやった。
「准将は、屋敷で、お待ちであります」
「ン・・・」
と、僕は敬礼をすると、屋敷に向けてゆっくりと歩いた。軍が民間用に接収した屋敷であると聞いていたが、ひどく立派なものだった。
財閥が所有しているものかもしれない。振りかえると、まだあの少女がこちらをみている。まだ震えている。
「あの少女は?」と、僕は護衛の兵に聞いたが、彼は首を振って何も答えなかった。このあたりに民間人が近寄れるわけがないということを
考えると、誰かの愛人か妾だろうということは容易に推察できた。政府の高官連中・・・、ひょっとしたらケネス准将の愛人かもしれない。
だとしたらうらやましいことだな、と僕は思った。そして、ミライのことを思った。彼女はどこにいってしまったのだろう?
やれやれ、僕は何をしているのだろう?決まっている。マフティー・ナビーユ・エリンの処刑に立ち会おうとしているのだ。

僕は屋敷に直接向かわず、処刑が行われる裏庭にいってみることにした。
庭は、左右に、つたのからんだ古めかしいレンガの塀に囲まれていて、真正面には、夜明けの光に、時折反射するアレキサンドリア湖が見えた。
中央に、一本の柱が立てられていた。マフティー・ナビーユ・エリンをつなぐための柱だろう。
十数名の緊張した面持ちの新兵達が拳銃を手にし、休めの姿勢のまま立っていた。黒い服に身を包んだ牧師もいたが、
マフティーはきっと祝福を拒否するのではないかな、と僕は思った。彼が噂どうりの男なら、少なくとも人生の最後に直面して、
神にすがるような男とは思えないからだ。すくなくとも、僕なら祈らない。

”テロは、あらゆるケースであろうと、許されるものではないからです”
彼はアデレートを侵攻する直前にこう述べた。僕もそうおもう。だけど、この銃殺もまた軍事裁判という正当な手続きを踏んでいない以上、
連邦政府による私刑である。そして、私刑もテロと同じようにまた、あらゆるケースで許されない。
もっとも、こういった処刑が政治にはつきものといえばそうなんだけど。屋敷に戻りながら、僕は思った。

317 名前:ブライトおまけ 投稿日:04/01/14 03:55 ID:???

3章  閃光のハサウェイ


通された応接間で、眠気覚ましに熱いコーヒーを飲んでいるとケネス准将がやってきたので、僕は立ちあがって敬礼をした。
「ブライト大佐。それではいまからマフティー・ナビーユ・エリンの処刑を、地球連邦政府、ケネス准将の名において執行します」
ケネス准将の顔はこころなしかやつれてみえる。まるで処刑されるのはマフティーではなくて彼みたいだ。
そのことを彼に言うと、苦笑しながら「最近、寝てなくてね」といった。僕は、大変ですね、と同情する。
僕は彼がマフティーにたいして友情のようなものを感じていることを知っている。
マフティーを絞首刑にすべきだという声が、政府首脳にあり、それを阻止し、銃殺という軍人的な名誉を与えるように進言したのが、
彼だということも聞いている。そのことを不思議に思い、マフティーとケネスはつうじていたのではないか、といったようなくだらない
推察をしたものがいることもしっている。だけど、それは実にばかげたことだ。
シャアとアムロの例をあげるまでもなく、戦争という特殊な状況下では敵対する人と人は極めて特殊な関係を築くことがあるのだ。
そして、そういうものがなければ僕らの存在はあまりにも無意味にすぎる。人は兵器ではないのだ。
「それでは、立ち会いましょう」
と僕がいうと、ケネス准将は首を横に振った。
「これは、私の仕事です。どうぞ終わるまでここにいてください。わざわざ処刑をみることはありません」
「しかし、それでは・・」
「いや、いいのです。是非、そうしてください。こんな仕事に准将と大佐の二人が揃って顔を出すまでもないのですから」
「そうですか?そこまでおっしゃられるのならば、そうします」
「ええ、是非そうなさっていてください」と、彼はどこかほっとしたようにいった。「こんなこと、私だけで充分です」
それでは、と去っていく後姿を見送った後、ソファに沈みこみ、コーヒーを啜った。やけに苦かった。
僕は最近、コーヒーはミルクを入れて飲むことにしているのだ。ミライがそうやって飲んでいたのを真似しただけだけど。

銃声が聞こえたのは、それから五分程した後のことだった。
それを合図に、僕は立ちあがると窓際に近寄った。先程と同じ、強張った顔のままの兵士達が柩を運んでいくところが目に入った。
中には勿論、マフティーが入っているのだろうと僕は漠然と思った。彼らの歩く先には一台の軍用ワゴンが待っていた。
僕がそちらに気を取られているとケネス准将が戻ってきた。右手には、鞭を持っている。
「ご苦労でした」と、僕は声をかける。「マフティーの様子はどうでしたか?」
「あぁ・・・いさぎよい。堂々としていましたよ・・本当に」と、彼は言った。
「彼の遺体は?」
「火葬場行きです」と、彼はいって、鞭を放り投げ、ふぅ、っと溜息をついた。
僕と彼は屋敷を出て、道路に止めてある車のところまで二人で歩いた。周りをみまわしたけど、もう朝方見た少女はいなかった。
「大佐もアデレートの任務が終われば除隊でしょう?どうなさるのです?」と、車に乗りこみながらケネス准将がいった。
「サイド1のロンデニオンで、妻とレストランをやろうと思ってます」
と、僕は答えながら、それはもう無理だろうな、と思った。彼女はもういないのだ。
引継ぎの打ち合わせの時間を確認し、ケネス准将の車の後ろに止めてあるワゴンに乗りこむと、僕は大きくため息をついた。
なんだかよくわからないけど、気分が悪かった。むかむかと身体の底から吐き気のようなものがこみあげてきた。
外気をいれれば、少しは気持ちがよくなるかもしれないと思ったので、僕はウインドウを下ろした。
太陽はもうすっかり昇っていて、アレクサンドリア湖は、その身体一杯に太陽を浴びて気持ちよさそうにたゆたっていた。
その風景をみると、つい十分前にそこで死んだものなどがいることなど、僕には信じられなかった。
(以下、4章以降割愛)


コメント 「 マフティーの正体を知った後の、ブライトの行動は、いつか発表の機会があれば」