木馬をめぐる冒険

232 名前: ブライト 1/3 [sage] 投稿日: 03/09/12 22:11 ID:???
2     『  木馬をめぐる冒険   』   ブライト・ノア


「私って美しい?」
木馬が僕にそんなことを聞いてきたのは、アムロ・レイが脱走した砂漠でのことだった。
そのとき、僕は煙草を吸いながら一人で星を眺めていた。彼女と話すときは一人じゃないといけないのだ。
「美しいよ」
僕は言った。事実彼女ほど美しい戦艦を今までにみたことはなかった。
滑らかな曲線。洗練されたフォルム。大胆な突起。すべてが僕の心を掴んでいた。
「少し形而上的にすぎるけど、とても美しい」僕は言った。
「嬉しい」
彼女はその大柄な体を少し震わせて喜んだ。僕は彼女にもたれかかった。
背中に彼女の硬い装甲を感じた。
「どのくらい美しい?」彼女が聞いた。
「ザクとグフが100機集まってマス・ゲームをしているより美しい」
「素敵」
木馬は体を震わせて喜んだ。あまりに喜んだのであたりに砂埃が待って仕方がなかった。
僕はパオロ艦長には悪いけど、彼女と話せるようになってよかったと思った。
木馬、つまり自分の戦艦と自由に話せるのはその艦の艦長だけなのだ。それは艦長特権だった。
僕は、それに気がついたとき、パオロ艦長が羨ましかった。尊敬した。いや、この表現は正しくない。
オーケィ、正直にいおう、僕はパオロに嫉妬していたのだ。

「戦争はいつまで続くかしら」
木馬が心配そうに言った。
「さあね。僕にはわからないな。けど、そんなに長くかからないと思う」
僕は、煙草を足元に捨てると、今度はビールを取り出した。
「私きっと壊されちゃうわ」
「大丈夫。君は僕が守るよ」
「ほんとに?」
「本当さ。僕が一度でも嘘を言ったことがあるかい?」
「私信じるわ」
僕は彼女の装甲にキスをした。硬かったけれど、それは決して嫌な感触じゃない。
「私のこと好き?」木馬が聞いた。僕はビールを飲みながら答える。
「好きだよ」
「どのくらい?」
ガンタンクガンキャノンガンダムが君の中にいるのを嫉妬するくらい」
「あなたって最高だわ」木馬がくすくすと笑った。そして、ひとしきり笑った後、「守ってね」といった。
もちろん、と僕はこたえた。


けれど、結果的に僕は彼女に嘘をついたことになった。
ア・バオア・クーでのことだ。


233 名前: ブライト 2/3 [sage] 投稿日: 03/09/12 22:14 ID:???
連邦とジオンの最終戦争。ア・バオア・クー。戦いは佳境だった。

戦場はますます激しさをまして、木馬を守るモビルスーツは一機もいなくなった。
カイやハヤトは既に白兵戦に突入していたし、アムロ・レイは撃沈されたのか反応がなかった。
そんななか、僕はマシンガンを持って艦長室にいた。
「ここをでなくていいの?危険よ」木馬・・彼女が僕にきいた。
「でたくないんだ」僕はいった。
「けれど、きっと守りきれないわ。私の体はすでにボロボロだもの」
木馬は淡々といった。
「貴方まで死ぬことはないわ。逃げて、生き延びて。」
「僕はここに残るよ」
「駄目よ」
「どうして?」
「どうしても」
そこで僕らの会話は終わった。彼女は沈黙して、僕はまたビールを飲んだ。
ミライがやってきた。
「どうしたの?ブライト。艦長が退艦命令だして、ボー、としているなんて」
「なにもしたくないんだ」
「なに馬鹿なこといってるのよ。ほら、艦長がでてくれなきゃ、士気があがらないわ」
ミライはそういって僕の手を引っ張った。
「君がやってくれないかな」
「ちょっとしっかりしなさい!貴方がしっかりしないと皆しんじゃうのよ!」
僕は顔を叩かれた。激しいビンタだ。一瞬意識が飛びそうになった。

「・・・わかったよ。すぐに行くから、君はカツ達をしっかりみててくれ」
そう。僕は艦長だった。艦長には責任がある。好むと好まざるとにかかわらず。ミライはうなずいて急いで出ていった。
一息にビールを飲み干すと僕は椅子から立ち上がった。そして、木馬に言った。
「僕は行くよ」
「ええ。」
僕は壁に手をやって、そっとさする。壁がすこしだけ身を振るわせた気がした。
「さようなら。今までありがとう」 躊躇いながら、僕は言った。其れ以外にいったい何がいえる?
「私。貴方に会えて。本当によかった」
彼女が笑ったように思った。
僕はドアを閉めた。非常サイレンが、けたたましく艦内には鳴り響いていた。口の中は血の味がした。


・・・一年戦争はこうして終わった。どんなものでもそうなように終わってしまえば実に馬鹿げた戦争だった。


235 名前: ブライト 3/3 [sage] 投稿日: 03/09/12 22:19 ID:???

戦争が終わった後、暫くしてから僕は暇を見つけて砂漠に行った。ミライもつれてだ。
木馬を停泊していたと思わしき場所に、僕はバギーを止めた。
僕はそこに寝転んだ。ミライも黙って隣に座った。
ここで木馬と話してから半年も経っていない。けれど、僕にはあれから何年も経ったような気がした。
星は相変わらず、変わらない光を保って柔らかな色を降り注いでいた。

「ねぇ、私のこと好き?」
暫くそのままでいると、ミライが聞いた。
「好きだよ」
「どのくらい?」
ガンタンクの砲台と同じくらい」
「ねぇ、前からいおうと思ってたんだけど、あなたって変わってるわね。」
ミライがあきれたように言った。

ミライが寝てしまった後、僕は蹲ったまま二時間泣いた。そんなに泣いたのは生まれて初めてだった。
胸にぼっこりと穴があいてしまったようだった。
ミライを手に入れてもそこが満たされることはない。そこは既に損なわれてしまったのだ。

「貴方にあえてよかった」
その言葉は僕がいうべき言葉だった。僕は彼女に何度も命を救われたんだから。
真空の宇宙。灼熱の砂漠。シャアの襲来。彼女は何もいわず、僕らを助けてくれた。けど、彼女はもういない。
僕は強くならなければならない。風が強く吹いて砂が舞った。そろそろ帰る潮時だった。

僕は、立ち上がると、ズボンについた砂を払った。空には、半分だけの月が鈍く光っていた。
僕はミライの肩を軽く叩いて起こした。彼女はすぐに目を覚ました。僕はいった。
「帰ろう」
「気持ちの整理はついたの?」ミライは目をこすりながら、僕に聞いた。
「知ってたんだ?」
「当たり前じゃない。私、そんなに鈍じゃないわよ」ミライはけろりと答えた。
「やれやれ」
僕はため息をついた。空には星が輝き始めていた。


アオリ「 そして七年後・・・アーガマをめぐる冒険。」